リレーエッセイ

名古屋広告業協会会員によるリレーエッセイです。

2017年3月7日公開
第29回「“座”のはなし」

こんにちは。名古屋宣興社の池上社長さまからバトンと受け継いだ株式会社近宣の井野口でございます。協会活動では過去3年に渡り忘年会の司会という大役を務めさせていただいております。

さて、今回のおはなしのテーマは「座」でございます。

私は1982年に入社、その後、2010年までを大阪勤務で過ごしました。入社当時、当社の東京のオフィスは銀座、数寄屋橋交差点からすこし中に入ったソニー通りとみゆき通りの交差点のビルにありました。入社1年経たない頃に東京へ出張したときが、いまもなお憧れのまち、銀座との初めての出会いでした。はじめて見る、歩く、食べる、飲む銀座。まちの華やかさは少しずつその色合いを変えてはいますが、やはり僕にとって東京は「銀座」なのです。

「銀座」はもともと駿府などにあった銀貨の鋳造所を江戸に移した際に、まちの通称としてよばれていたもので、銀座2丁目にはその由来の碑が立っています。そしてこの銀座2丁目に建つ僕の大好きな文房具店が「伊東屋(itoya)」。1904年(明治37年)の開業時から“STATIONARY”の文字を看板に掲げ、文具、特に万年筆や紙の品ぞろえは圧巻です。特に中央通りから一筋入ったところにある別館は通ごのみの品々が溢れんばかりに並べられています。

 

僕が名古屋に赴任するまでの28年間を過ごした大阪は東京と並ぶ芝居や寄席などの館が多いところで、今も大阪には文楽だけを上演する国立劇場があります。その多くは食いだおれのまち、道頓堀界隈に集中していて、浪速五座など多くの現状が立ち並ぶことから日本のブロードウェイの名で呼ばれたこともありました。その中でも僕が幼少期からテレビで楽しみにしていたのが中座からの「松竹新喜劇」の中継です。座長は藤山寛美さん。寛美さんは1951年に当時、渋谷天外が座頭をつとめる松竹新喜劇「桂春団治」の丁稚役で初舞台を踏みますが、そのときのセリフはわずか1行、『ツケを払うとくなはれ!』これを天外演じる春団治と延々アドリブでやりとりを続けたそうです。生涯アホ役の藤山寛美の誕生でした。この中座をはじめとした笑いとおいしいもんがいっぱいの情緒あるまち、それが僕の大阪です。

 

いよいよ尾張名古屋です。早いもので名古屋にお世話になって7度目の春がやってきます。果たして、名古屋にも「座」はあるでしょうか?

七代藩主宗春公の時代、自由奔放で洒落者の殿さまは大須界隈に芝居小屋をたくさんつくったことが文献などに残っています。その後、宗春公の失脚を機に幕府は1738年から5年間にわたって芝居などの上演中止の命を出し、衰退の時期が長く続いたといいます。名古屋でもっとも古いとされているのは今からおよそ400年前、二代藩主光友公の時代、橘町(いまの東別院の少し西あたり)にできた「橘座」で、いまは愛知産業大学工業高校(旧東海工業高等学校)が建っています。ここの本館の地下には250名程度を収容する「たちばなホール」があり、いまも「橘座」の名前で演劇や落語の公演が行われています。

 

もうひとつご紹介したい映画館の座、「伏見ミリオン座」。御園座通りに面して建つこの映画館はいわゆる「名画座」です。館内はリニュアルが進み座席もゆったりとしていますが、インターネット予約も座席指定もない、当日チケットをもっている人が整理番号順に入っていくという全席自由の劇場、シネコン全盛のいまでは貴重な存在です。1月、僕はここで「この世界の片隅に」を観ました。この作品が伏見ミリオン座開場以来の歴代最多動員、最高興業収入の作品となりました。

 

さて、「座」とはもともと「人+人+土」で人々が土の上に坐る、それに「まだれ」がついて屋根のあるところで座る、そこから派生して集まる、集うという意味になります。そうした意味で、いま名古屋では御園座(大改修中です)に続いて、名鉄ホールや中日劇場などかつての「座」が次々姿を消しています。
また市民会館もこのあと移転のために一時的になくなるかもしれません。名古屋では興業のための「館」がないという話をよく耳にします。さらに名古屋で公演をやっても人が集まらない、とも。
「座」はまさにリアルの世界で、演者(アーティストでもいいのですが)と観客が互いの間合いで芸や技を楽しむところです。そこで生まれる感動や感激が人のこころを豊かにしていきます。そうした意味で、単なる劇場ではなく、人が交わる、まちづくりの中での「座」の復興が待たれます。

もうひとつ「座」には「座標」という言葉にあるように「位置、場所、居所」という意味もあります。いま自分のありようを世の中のなかで見つめて、これからの役割、使命などを考えていく起点として、「いま自分はいったいどこにいるのか」をしっかりと見定めることはすごく大切だなぁと年を重ねる度に感じています。

人には常に自分のこころに留め置いて、戒めや励ましとすることばがあります。「座右の銘」ってやつです。エッセイの最後は私のそれを。

『一意専心。いつも感謝の気持ちで生き抜く。』
ありがとうございました。

【著者紹介】

会員交流副委員長
株式会社 近宣
執行役員名古屋支社長

井野口 聡司(いのぐち さとし)