名古屋広告業協会会員によるリレーエッセイです。
(株)オリコム有吉支社長様よりご指名をいただきました㈱名古屋宣興社の池上です。
昨年末にバトンの引き継ぎをいただきながら、何を書こうかと思いながらあっという間に新年を迎えてしましました。
そんな中、少年時代からサラリーマンとしての勤務時代を思い浮かべていたところ、とても大事な記憶と経験があることを思い出しました。
それは表題のとおり“アガサ・クリスティと英国の思い出”というものです。
私が初めてアガサ・クリスティの作品に出会ったのはまだ中学生の頃だったと思います。
それは読書という形でなく、テレビで放映された『オリエント急行殺人事件』でした。
当時はよくテレビで映画が放映されており、映画好きの父の影響で淀川長治さんの「日曜洋画劇場」、水野晴郎さんの「水曜ロードショー」は小学生の頃から父の隣りで毎週欠かさず観ていました。映画の合間に入るレナウンの“ワンサカ娘”や“アラン・ドロンのダーバン”など魅力的なCMも印象に残っています。
高校時代にはもっぱら小説の方に移りました。
考古学にも少し興味があったので、アガサ・クリスティの作品の中でもバグダッドやシリアといった歴史ある中東を舞台にした作品が好きでした。ちょうどその頃に封切された『ナイル殺人事件』を映画館で観てますます興味が湧き、以来100冊近い作品を読んでいます。あと残り数作品が未読ですが、まだ少し楽しみが残っているということになるのでしょう。
そのアガサ・クリスティの作品の面白さというと、巧妙で矛盾のないギミック、トリックに絡むメロドラマ、個性あふれる主人公が活躍する躍動感、というとこだと思います。
英米の伝承童謡であるマザー・グースもしばしば引用され、毒薬を使った殺人手口などにも引き込まれます。
難解な事件を解決する主人公たち、エルキュール・ポアロ、ミス・マーブル、トミー&タペンスと名前を挙げれば「なるほど、聞いたことあるね」となるでしょう。
なかでもエルキュール・ポアロは33本の長編、53本の短編、1本の戯曲に登場し、アガサ作品にはなくてはならいキャラクターとなっています。
世間的にはシャーロック・ホームズの方が最も有名で有能な名探偵ということになるかもしれませんが、私にとってはポアロがNo.1であることは言うまでもありません。
このポアロについてはTVドラマシリーズ『名探偵エルキュール・ポアロ』としてNHKで放映されていたのでご記憶のある方もいらっしゃると思いますが、デイビット・スーシェ演じるポアロはツルツル頭に口ひげを生やし、小説のポアロのイメージどおり。まさにハマリ役でした。
そして一番の代表作として挙げるとするならば、『そして誰もいなくなった』ではなかろうかと思います。この作品はマザー・グースの「十人のインディアン」の歌をモチーフに殺人が行われていくというもので、アガサ・クリスティ自身が自伝の中で“率直、明快でうまく裏をかき、しかも完全に理にかなった解明がある―(中略)本当に満足していたのはわたし自身だった、というのはどんな評論家よりもわたしの方がその難しさがよくわかっていたからである”と評するほどの傑作です。
《それ以外に私のお気に入りの5作品》
・『ナイルに死す』中近東を舞台にした作品
・『カーテン』ポアロの最後の登場作品
・『秘密機関』トミー&タペンスの活躍
・『アクロイド殺し』代表作のひとつ
・『ポケットにライ麦を』ミス・マープルの活躍
これらの作品はすべてミステリーで、他にもまだまだ面白い作品があります。 限られた紙面ではとても紹介しきれませんので、皆さんご自身で何か一つ是非読んでみて下さい。 ちなみに、あまり知られていませんが、アガサはミステリー作品ばかりではなくメアリ・ウェストマコットという別名で『愛の旋律』他6冊のロマンス小説も書いています。
さて、このようにアガサ・クリスティに深くはまり込んで行くにつれ、英国に対する興味も津々とわたしの中に植え付けられていったわけですが、前職の繊維商社時代、生地の企画生産販売をしていたことからミラノ・パリ・ロンドンへ展示会や生地の仕入、マーケットリサーチなどでたびたび出張をする機会があり、ますます英国への興味が大きく育っていくこととなりました。そしてとうとう転職を機に家内に了解を得て、1ヶ月半ほどの休暇を取り英国への短期語学研修へと行くことになったのです。もう18年ほど前になります。
留学先は南イングランドにあるヘイスティングスという港街。そう、ポアロの相棒であるヘイスティングズ大佐の名前になぞらえてその街の語学学校を探したのです。
ヘイスティングスいう街はロンドンから南へ電車で1時間半くらいのところにあるイーストサセックス州の港街で比較的温暖な気候の街です。
世界史で習ったヘイスティングスの戦いの戦地近くでもあります。かのビートルズのポールマッカートニーが住んでいたRye(ライ)という街の隣、と言ったほうがわかりやすいかもしれませんね。
オールドタウンと呼ばれる地区は、いまだに古い町並みが残る歴史と情緒のある素敵な街です。
海岸線にはピアと呼ばれる桟橋があり、よく晴れた日には水平線の彼方にフランスが霞んで見えました。海岸線を東へ向かうとアガサの生まれた街トーキーへとつながっていきます。
いまではGoogle Earth で世界中のあらゆる場所を見ることができるので、久々に思い出してホームステイ先を見てましたが、とても懐かしく感慨深いものがありました。
語学研修の合間にはリーズ、エディンバラ、ケズウィクなど英国各地を巡ることができました。
なかでもスコットランドのエディンバラ城やピーターラビットの作家ビアトリクス・ポターが住んだニア・ソーリーにあるヒルトップの湖水地方など、慣れない異国の地で電車を乗り継ぎ冒険心いっぱいで回ってきたのはつい最近のことのように鮮明な記憶として残っています。
もちろんアガサの作品の中にも出てくるロンドン市内のパディントン駅、ビクトリア駅、リッツホテル、ハロッズにも足を運びました。 当時は込み入ったロンドンの街を歩くならLONDON A-Z mapがなにより便利であり、ずいぶんとお世話になったものです。 ロンドンの地下鉄を上がった売店にはどこにでも置いてありましたが、最近ではスマホで地図検索ができるので、今では利用している人はあまりいないかもしれません。 そんな地図を片手の気ままな旅も本当にいい思い出になっています。
英国と言えば、雇用問題やナショナリズムの観点からEU離脱に舵が切られ、それに伴ういろいろな影響について心配されるところです。スコットランドの独立問題も根が深く、広くヨーロッパ全体に目を向けてもテロなど不安要素は数限りありません。以前のように気ままに英国内を旅したいと思っても思うようにいかなくなっているのが現実だと思います。とは言え、わたしの心に根付いている英国への想いやアガサ・クリスティの世界というのは出張のついでや短期の留学では到底満たされるものではなく、それどころかますますそれらに対する興味、関心は募るばかりです。久しく訪れていない英国、次回はアガサの作品を片手に南西部のバースやストーンヘンジなどへゆっくりと訪れたいと思っています。
さて、そこにはどんなギミックが隠され、巧妙なトリックがわたしの心を躍らせてくれるのでしょうか?こうして書いているうちに心はまたあの頃の英国に舞い戻ってしまったようです。
なにやら取り留めもない話となってしまいましたので、そろそろこの辺で筆をおいて次の方にバトンをお渡ししたいと思います。
お付き合いいただきありがとうございました。
※引用参考書籍:ハヤカワ文庫「アガサクリスティ辞典」